春がやってきたということを実感するのは、一体どんな時だろう。
冬の終わりを告げる春一番の風に最後の寒さを感じた時だろうか。
半ベソかきながらレティの姿を探して回るチルノの姿を見た時だろうか。
目が覚めて、ふと障子を開けたときにふわりと感じる、穏やかなぬくもりだろうか。
偶然やってきたリリーをつかまえて、今宵も飽きずに行われている宴会に巻き込んだ時だろうか。
「霊夢、そんなところで茶を飲んでないでこっち来てみろよ。コイツの持ってきた酒は珍しいぜ」
「あたしは休憩中なの。ほら、そんなに強引に奪うようにするからその子泣きそうじゃない」
「返せ〜っ!その酒は鬼が島特産の貴重なやつなんだぞ〜っ!」
「どうせその瓢箪から無限にあふれ出てくるんだろ?ちょっとくらいいいじゃないか」
「これは、あれとはまた別の──」
「ま、ここは一つ味見を、っと」
「あああああああ〜ッ!」
霊夢は魔理沙達のじゃれ合いには付き合っていられない、と言わんばかりに視線は別の方を向いている。そろそろ春もやってきたというのに、相も変わらずというかなんというか。
幻想郷に肝休日などというものは存在しないのか、昨晩も今晩も、そして明日の晩も永夜酒盛り続き。
"こうなってしまった"のは本当にここ最近のことである。まあ正確には、既に何ヶ月も続いているのだから"最近"とは最早とても言えないかもしれないが。
とは言え、いくら幻想郷の豪気な連中とはいえ、ハナからこんな連日連夜の酒盛りを行っていたわけではない。原因を作り上げた主犯は──。
「か、返せ〜っ!それは私が、寝る前にちびちびゆっくり飲むための〜〜〜」
「あ、こいつは美味い。……っくぅ〜…………結構、キくなぁ」
「ああああああああああああ〜ッ!」
お酒大好きっ娘、伊吹萃香。
彼女の巻き起こした大騒動そのものは、いつもの面々の中途半端な活躍により解決したものの、いざ騒動開けた後に蓋を開けてみたら「結局"騒動"って言い訳して皆はっちゃけてただけ?」ってなもので。
週一のペースで行われれば御の字だった宴会は、その騒動でまるで毎晩のイベントのようになり、そしてその騒動が収まった現在でも、何故か連日連夜の大宴会というものが日常になりつつある。
結局のところ、幻想郷は何も変わりはしないのだ。
楽しいことが見つかれば、皆で喜んでその"楽しいこと"に取り掛かる。
何か気に食わないことがあれば、そのことを我慢するような真似はせずに行動で嫌
だと示す。
萃香にしてみれば悲惨なことではあった。彼女達は別に、連日連夜宴会を行うことに特に否定的な意見を持っているわけでもないのに、
「誰かに無理矢理やらされている形が気に食わない」というその一言だけで大乱闘になったのだから。
ま、萃香としてもなんだかんだ言いながらも、一番欲しいものは手にしたのだけれど。
「返せ〜っ!」
しかし……一番欲しいものを手に入れたからとて、二番目に欲しいものが手に入るとは限らない。
否、手に入るとか入らないとか以前に、手にしているはずのものを奪われつつあるのだ。
頑張れ萃香、こんなのは幻想郷では日常茶飯事も良いところだ。
行きは良い良い帰りは辛い。
さておき。
連日連夜の宴会といえば、誰が何と言おうと毎日毎日、飽きることなく毎晩宴会を行うことを意味する。それは普段なかなか見ることのできない、あの人この人の本性を垣間見ることのできる良い機会なわけで。
あっちで魔理沙と萃香がきゃいのきゃいのと騒いでいるのを尻目に、そっちではさり気無く、普段見ることのできないような光景が展開されていたりする。
霊夢やら紫やら、さらには輝夜に妹紅に到るまで、豪華絢爛なメンバーが"あまりに珍しい光景"に『ほほう』と興味津々である。
「よ、妖夢〜」
およよ、とぺったん尻餅をつきながら泣いたフリをしているようにしか見えないのは、西行寺幽々子嬢。幽々子の前に立って、腕を組みながらぷんすかとほっぺた膨らませているのは魂魄妖夢嬢。
なにやら二人ともやたらと顔が上気しているように見えるのは気のせいではあるまいて。
ああ、これこそ宴会の魔力か。我らは今まさに垣間見ているのだ。
なんとも珍しき下克上、その現場を。
「今日も大切にとっておいたお供え用の餅を全部食べましたね!」
「え?あ……。あれは食べちゃいけない餅だったの?あははー」
「あははー……じゃありませんっ!もう幽々子さまには愛想が尽きました!」
「よ、妖夢〜」
「これからは紅魔館でメイドとして働かせて戴きますのでっ」
幽々子を攻め立てる妖夢、という史上稀に見る光景に目を白黒させていた傍観者たちも、これにはぶったまげた。それまで酔っ払いレミリアお嬢様の介抱に忙しく働いていた十六夜咲夜も、この爆弾発言には凄まじい反応を見せる。
全員の意見を一まとめにすると「「「「なんでやねんっ!」」」」。
話の前後が存在しないというか、全くその結論に到るまでの脈絡が無いのだから当然と言える。
「ちょ、ちょっと妖夢……少し落ち着きなさい」
我らがメイド長、少し慌てながらも明らかに目が据わっている庭師さんにどうどう、と話しかけた。
霊夢なんかはその光景を傍観しながら、「あ〜あ、話しかけちゃった」とか呟いた。
「咲夜さんッ!」
しゅばっ!
これでもか!といわんばかりに素晴らしい速度で咲夜の方へと首を回した魂魄妖夢。
これには流石の咲夜さんも「は、はいっ!?」と素っ頓狂な声を挙げてしまうというもの。
そして妖夢から発された言葉は。
「私、ずっと……紅魔館のメイドの服を、着てみたかったんですッ!」
春がやってきたということを実感するのは、一体どんな時だろう。
冬が終わりを告げ、桜吹雪の道をゆっくり歩く、そんな時だろうか。
レティが居ないという事実に肩を落としながらも、持ち前のポジティブ思考で元気を取り戻すチルノを見た時だろうか。
目が覚めて、ふと布団から身を起こしたときに、起きるのがあまり億劫でないことを実感した時だろうか。
今こうして目の据わった妖夢と、仕方ないので彼女の相手をしてあげている咲夜の姿を見ているこの時だろうか。
春はやってきた。
そして、やがて夏もやってくる。
静かに眠っていた妖精達も次々と目を覚まし、幻想郷も次第に賑やかになってくることだろう。
「それじゃあ、予備のメイド服を一度着させてあげるけど……後々後悔しても知らないわよ」
「うぅぅぅぅ〜っ!ああ〜〜〜っ!また飲んだっ!もうダメっ、これ以上は絶対ダメ!」
「後悔なんてしません!私はもう紅魔館のメイドになるって決めたんです!」
「あっはっは!ダメと言われるともっと飲みたくなっちゃうんだよな、ほれほれ」
「よ、ようむ〜」
「……こ、今夜は一段と……凄いわね」
今宵も幻想郷は変わらぬ。
それは面白いことかもしれないし、心底くだらないことなのかもしれない。
だが、だからこそ。そんな日々を、この本に綴ってみようか。
幻想郷の『今日』という日を、七つの物語にまとめ、貴方達に捧げる──!