
輝夜は祭りという行事が好きだった。というよりも、宴会など人が多く集まることが好きだったのだ。
かと言って毎日騒ぎまくりたいわけではない。祭りのように、年に一度とか、季節に一度とか、そういったくらいの頻度で人の中に紛れるのがたまらなく居心地がいいのだ。
永く悠久の時を殆ど人前に出ることなく過ごし、やっとそこから解放されたと思ったら人目を避けて生きていかねばならぬ毎日。時にこうして人恋しくなるのも仕方が無いというものだろう。
祭りの日限りは、こうして人前に出ても永淋は何も言わない。地上の人に触れ、そして魅入られて月を捨てた。その選択の意味と求めていたものを、彼女は知っているからだ。
初めてこうして人間の里の祭りに降りたのは、もうどのくらい前のことだろう。永すぎる生命はその全ての記憶を貯蔵し、引き出すことには長けていない。だから輝夜が引き出せる最初の祭りの記憶はたったの二つだけだ。
一つは隣にいたのは永淋だけだったということ。そしてもう一つ。確かあの日も、今日のように満月がとても綺麗な日だった。
「ほぁ〜、これが地上の祭りですか」
祭りはまだ始まっていないにも関わらず、会場は活気に満ちていた。屋台はもう商売を始めているし、祭りは全体として動く時よりもこうした直前の方が何故か心が躍るものだ。
周囲の屋台に目移りさせながら、間抜けな顔をして鈴仙がふらふらと歩いている。前をまったく見ておらず、危険なことこの上ない。
案の定、そんな鈴仙を引っ張るような形で歩いていたてゐが何かを思いついたような意地悪な顔を浮かべ、鈴仙の手を引いていく。
なされるがまま歩いていく鈴仙はふらふらと前に進み、前にあった大きな気にぶつかった。
「うぶっ!」
「きゃははははっ! うぶっだって!」
涙目になりながら赤くなった鼻をさする鈴仙を指差しててゐが笑う。自分がこうなるように仕向けたにもかかわらず、本気で鈴仙を馬鹿にしているようだった。
「う〜、てゐ。今のは無いわよ。痛いでしょう!」
「よそ見してる鈴仙がわるいんだよっ」
舌を出して、てゐが走って先に行く。鈴仙はそれを追いかけててゐの手をつかんだが、またすぐに周囲に気を取られて、今度は足をかけられて盛大に転んだ。
それを見てまた爆笑し、けれど鈴仙を立たせてから、またてゐはさっさと歩いていく。それを追う鈴仙。まったく、どちらが保護者なのか分からない光景だった。
「そういえば、初めて姫が祭りに来たときも、あんな感じでしたね」
「……心外だわ」
からかうように行ってくる永淋を輝夜が睨む。けれど、輝夜自身も本気で怒れないことはその少し赤くなった頬から窺えた。
確かに、輝夜自身もそうだった。永淋と出逢ってから数百年経って、いい加減その生活に嫌気がさした輝夜をなだめるために、永淋が連れて行った。
人目を避けながらではあったが、商人の呼び込む声や、客同士の歓談など、人の活気に浮かされたようにふらふらと歩いては永淋に手を引かれた。
輝夜達との距離がどんどん開き、一度見失ったが、それに気づいた鈴仙がてゐの手を引いて戻ってきた。口には何かついている。おそらく何か食べたのだろう。心なしか鈴仙達の顔が満足げに綻んでいた。
「楽しい?」
「はいっ、とても」
「そう」
躊躇無く即答され、輝夜は満足げに頷く。昔の気持ちがありのまま蘇って来るようで懐かしかった。
永淋と二人で歩くのも、楽しかった。滅多にない人と交流するのも、楽しかった。
だがこういうのも悪くない。こうして気心の知れた者と、同じ気持ちを共有するというのも。
「だったら、私達は幸せね」
そんなことを言った輝夜を、珍しそうにきょとんと眺めて―――
「そうですね。私達は、幸せです」
気持ちよくなるくらいきっぱりと、鈴仙も言い切った。
そのまましばらく露天を冷やかしながら歩き続けて、祭りが始まる前に里を出る。
もう少しで祭りが始まるから少し早足で。輝夜たちは祭りの会場ではなく、他に向かう場所があったから。
里を抜けて、そこから少し離れた所に神社がある。高台になっており、神社へ通じる階段がそびえ立っているのを見るとげんなりするが、その先に待つものを考えれば苦痛ではなかった。
四人で階段を上り、鳥居を抜ける。そこに石畳の開けた空間があった。
「あー! そうですよ幽々子様。まだ祭りは始まってないじゃないですか。なんでこんなに飲まされてるんですか、わたし!?」
「気にしたらだめよよーむ。祭りは始まる前から祭りだわ」
「……お嬢様、いくら満月だからってがぶ飲みは行儀が悪いです」
「霖之助〜! 遊ぼう!」
「紫さまっ。寝るんだったらかえりますよ!」
「咲夜、満月の夜にそんな無粋なこと言わないの。気持ちよければ何をしてもいいのよ」
「そういう問題では……」
「かえらないわよもったいない。せっかくの宴会なのに……」
「お、ようやく来たか! もう祭りがはじまるぜ」
そうして、迎えられた。そこには既に酔いが回ってへべれけになっている幽霊達や、満月を気持ちよさそうに浴びている吸血鬼や、闇にまとわりつかれげんなりしている人間の男。本当に妖怪と式の関係かと疑わしいくらいほのぼのした妖怪一家などが仲睦まじげに酒を飲み交わしている。
そこに種族や年齢の差は感じられない。ただ単純に、祭りを楽しもうとしている人間や妖怪や幽霊達がいるだけだ。
輝夜は空を見上げる。それには満点の星と、真ん丸の月が優しく輝いていた。
この広場は、この無数に星の輝く宇宙のような場所だ。それぞれが好き勝手輝いているくせにみんなで一つの星空を形成している。それぞれがそれぞれの物語を持っているくせに、こうして酒を飲み交わせばそれで一つの星の輝きを持った幻想となる。
「あ! 花火があがりますよ!」
鈴仙が遠くの空を指差す。それは祭りの開始を告げる花火だ。
それを見届け、輝夜たちも宴会の中心に入っていく。この場所で出会えた事を、母なる月とまばゆい輝きを放つ星々に感謝しよう。
さあ、祭りの始まりだ―――