気配に顔を上げ、僕、森近霖之助は、いつの間にか随分と日が傾いていることに気付いた。
見えなくなるほど暗いわけではないが――本を読むには少々辛いかもしれない。
そう思った途端、今の今まで追っていた文字が急に読み取りづらくなってきた。認識とはこのように、主観を縛る。
しかし、暗さを認識した途端に見えにくくなるということは、逆に言うならば、暗さに気付かなければ、例え真夜中でも文字が読めるということなのだろうか?
そう考えて、僕は苦笑した。いくらなんでも物理的な限界というものがある。明るいから見える。暗くなれば、見えない。常識だ。
だが、しかし……と、あることに気付き、僕は真顔に戻った。
例えば盲人には、明るさは関係ないだろう。さらにもし、盲いていることすら誰にも教えられなければ、あるいは……
「御免くださいな」
一気に現実に引き戻される。
そういえば、僕は気配を感じ取っていたのだった。
そこから、暗いだの明るいだのという話になり……肝心の気配のほうを忘れてしまうとは、なんとも間抜けな話だ。
「開いてますよ」
魔理沙に言わせると、ここでこの言葉が出てくるあたりが商売繁盛しない理由なのだそうだ。どういう意味だろうか。
ドアをノックされれば「どうぞ」と言うだろう。何も問題があるようには思えないのだが。
ともあれ、彼女はドアを開けて姿を現した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
永琳は僅かに口の端を吊り上げ、目を細める。結った彼女の銀髪が、僅かに差し込む夕日を反射し、僕は少しだけ目をすがめた。勘違いされて気を悪くしないといいんだが。
果たして、永琳はドアも閉めず、入口から立ったまま動こうとしなかった。まずい、怒らせたか。
しかし、永琳は僕を咎めるでもなく、ちらちらと何かを気にするそぶりを見せる。
どうも後ろを見ているらしい。何かを待っているのだろうか。僕は彼女を怒らせたわけではないことにひそかに安堵しながら、その目線の先を追ってみた。
彼女はドアから入ってきたのだから、当然その後ろには入口がある。その向こう、そよと吹く風に、金色の何かが揺れるのが視界に入った。髪だろうか? だとすると随分小さな子だろう。
「ええと……ちょっと失礼しますね」
永琳はそう言うと、笑顔でドアを閉めた。おそらく、なにか段取りを間違えたのだろう。
しかし、彼女が来るときは大抵、藤色の髪をした兎の子――鈴仙と言ったか――と一緒だったように思うが、金髪の子というのは永遠亭にいただろうか。もっとも、行ったことはないが。
ドアが閉まると、先ほどよりも更に部屋が暗く感じられた。僅かなりとも明るさを知ってしまえば、よりいっそう暗さが際立つ。
そこで、お客もいるのだし、と僕は立ち上がった。もちろん灯りを点けるためだが、壁に近づくと、外から永琳と誰かの話し声が聞こえてきた。
そういうわけなので、これは不可抗力であり、けして盗み聞きではないことを自分の良心に弁解しておく。
声の調子及び内容からして、永琳が誰かを詰問しているようだ。
「ちょっと、どうして出てこないのかしら?」
「だって聞いてないよ、あのひと人間じゃない!」
誰か――声から察するに、やはり女の子のようだ――は声を荒げて反論する。僕が人間だと、何か出てくるのに支障があるのだろうか。
人間を見ると消滅する妖怪とか。聞いたことがない。
「それに、人形が置いてあったし。きっとあの人も人形を人形だと思っているんだわ」
よくわからないことを言う誰か嬢。確かに、うちは人形の類も置いているが、人形は人形だろう。
人形を見ると消滅する妖怪。やはり聞いたことがない。
どうやら、永琳がここに来たのは、誰か嬢を僕に引き合わせるためのようだ。つまり客ではない。やれやれだ。
永琳は、少しの間、うーん、と唸っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。(見えないが、そうだと思われる)
「いいこと」
ああ。
僕は一人天を仰いだ。彼女とはそう親交があるわけではないが、僕は知っている。これでも人を見る目には多少は自信がある。
これは、彼女が誰かを丸め込むサインだ。
ちなみに記憶の中では、よく鈴仙が丸め込まれていた。
というより、彼女は様々な人によく丸め込まれている気がする。
大丈夫なのだろうか。他人事ながら彼女の行く末が心配になったが、よく考えてみれば、そういう立ち位置もそれはそれで幸せなのかもしれない。周囲が寄ってたかって彼女を振り回すが、そこに愛があれば大丈夫なのだろう。多分。
少し心に隙間風が吹いた気がした。なぜだ。
「あなたの進む道は長く険しいわ」
いきなり大きく出た。
「目的の達成には、多くの味方が必要だという話は前にしたわね」
「うん」
「そのためには、あなたの敵も味方にしなければならないと思わないかしら?」
敵なのか。僕は。
僕の本能が君子危うきに近寄らずと告げている。それを理由もなく逃げるのはどうだろうという理性で押し流し、僕は更に会話に耳を傾けた。
「でも、人間なら、そんなことしなくても毒で操れば……」
「ダメよ!」
「うわっ」
突然の豹変。そしてその後に続く言葉が。
「あなたは――――になったんだから!」
僕の思考を停止させる。
「――――は皆を幸せにしないといけない使命を帯びているのよ!」
「え、そ、そうだっけ?」
それは、外の文献に登場し――
――何を言っているんだ、永琳は
「だから、安易に言う事を聞かせようとしてはならないわ。無理やりに従わせられるのは、誰だって嫌でしょう?」
「う、うん、そりゃあまあ」
主に少女がそれになり――
――彼女はきっと、とても素直な子なのだろうと思った
「彼を幸せにしてあげるのよ。そうすれば、きっとあなたの考えを分かってくれるようになる」
「幸せに……わかった永琳! 私、やってみる!」
悪を成敗し、皆を幸せにする――
――気づいてくれ、いつの間にか丸め込まれていることを
「ちなみに、彼は店にお客が来ないのが悩みだそうよ」
「うーん……見たところ、陰気で活動的じゃなさそうだから、きっとそれが原因ね。よーし、行こう、スーさん!」
外界ではそういったことをできる人間はほとんどいないという――
――確かに否定は出来ないが、まことにもって大きなお世話だ
「ええ、頑張るのよ!」
選ばれた少女のみがなる、その名は――
――ここにいるとまずい、よくわからないが絶対にまずい
勢いよくドアが開かれる。
もはや僕の本能は脳裏一面に危険信号を点しているが、なぜか意思に反し、体は一歩も足を動かそうとしなかった。
ぎごちなく、首だけを入口に向ける。そこには仁王立ちする少女。少女は息を大きく吸い込む。
少女の揺れる金髪は夕日によく映えた。
「毒魔法少女ぽいずん☆メディ、ただいま推・参! 問題万事まるっと解決! 毒で」
目眩がした。
「さあ、あなたの抱えている問題を解決してあげるわ!」
「じゃあ帰ってくれないか」
「お店に客が来ないことが問題みたいね!」
話を聞いて欲しいんだが。
「任せて! 私の毒で、あなたの性格を改善してあげる!」
言うなり、ぽいずん☆メディはどこからともなく紫色の霧を発生させる。彼女の言うとおり、どこからどう見ても毒霧のようだった。
――今すぐ窓を開けるべきだ――
恐るべき速さで、店内は霧に満たされつつあった。まだ僕の足は動かない。無論手も。
ぱたん、とドアが閉まる音。二間もないその距離すらもはや見えなく。
暗い。明かりが無いせいだろうか。明かりを点けなければ。いやそれとも、これは、明かりではなく、僕の視覚が――
「次の課題は、ポージングかしらね」
そんな声が、聞こえた。
花という花の満開が続く今春、森の道具屋の頭にも春到来!?
某月某日、魔法の森に住むアリス・マーガトロイドさん(魔法使い)が、森の外れの道具屋「香霖堂」を訪れたところ、主人の森近霖之助氏(人妖)が店内で倒れているのを発見した。マーガトロイドさんが慌てて助け起こしたところ、ほどなくして森近氏は意識を回復したが、安堵するマーガトロイドさんに、「今日ここで僕らが出会った運命を共に祝しないか」などの意味不明な発言を連発。高揚のあまり服を脱ぎだそうとする森近氏に対し、マーガトロイドさんは弾幕攻撃を仕掛けたが、インドア派と目される氏からは想像しがたい身のこなしで弾幕を回避、恐慌状態に陥ったマーガトロイドさんが巨大熱光線で店舗ごと氏を吹き飛ばすことで、ようやく事態は沈静化した。
マーガトロイドさんの話によると、店内には他に誰も居らず、また森近氏に外傷らしきものは見当たらなかったという。その後、マーガトロイドさんはたまたま通りがかった薬師の八意永琳さん(自称人間)に様々な意味での救援を求めたが、彼女が妙に満足げな顔をしていたのが印象に残っている、ということである。
また、森近氏をよく知る方々にもインタビューを試みたが、「あいつならいつかやると思ってたぜ」(Kさん・魔法使い)という意見がある一方、「霖之介さんが? そんなことを? 何かの冗談じゃないの?」(Hさん・巫女)という意見もあり、評価は錯綜している。事件の原因は未だ不明のままであり、氏の人となりと共に動機の解明が急がれるものである。
今春は四季の花々が一斉に咲き乱れるという怪事が発生しており、それにつられるように各所での馬鹿騒ぎが多く見られる。だが、この事例に見られるような、気分に流されて考え無くした行いがどのような結果を招くか、皆さんも行動に移す前に一度考えてみてはいかがだろうか。
なお、森近氏はこの件に対する一切のコメントを拒否している。
(射命丸 文)
【毒魔法少女ぽいずん☆メディ】