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 物にはすべからく限度というものがある。

 水は零度を下回れば凍り始めるし、百度に達すれば沸騰する。

 小町の胸は普通のブラジャーには収まりきらないし、チルノの頭には相対性理論は荷が重過ぎる。

 なんだか物凄く下品かつ自分勝手な電波が混ざっていた気もするが、とにかくそういう事である。

 そして限度とは何も物理的または理論的な範疇に止まるものではない。

 抑えきれぬ愛情に突き動かされて思わず時間を止めて主のスカートの中に潜入したり皆がちっとも説教を真面目に聞いてくれないせいで幼児返りして泣き出してしまったり、風邪を引いた弟子の尻に座薬を投薬しようとしたら、眼前に広がるめくるめく光景の誘惑に負けて筆舌に尽くし難い淫猥不埒な狼藉をはたらいてしまったりと、精神的な面での限界というものも存在する。

「おッ嬢様ぁぁぁぁぁぁ! お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっハァァァァァァァァァァァァァン!」

「うるさい」

「お嬢さわひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 それは此度も例外ではなく。

 天をもつんざかんばかりの大音声にて絶叫しながら自室に飛び込んできた小悪魔の無礼に堪忍袋の緒を切られたレミリアが、甘いストロベリィの様に真っ赤なナイフによるおもてなしを敢行した。

 その内の数本が小悪魔の服を切り裂いてその下に隠された二連装マッターホルンを露わにしたが、当の小悪魔はそんな事など露ほども気にせず、そのマスクメロンを振り乱しながらレミリアの眼前まで迫ってきた。

 その豪快かつ扇情的な姿はまさしく大量破壊兵器と表するのがふさわしい。

 何を破壊するんだという事に関してのツッコミは一切合切華麗にスルーだ。

「な、何よあなた、パチェの所の小悪魔じゃない。ダメよそんな胸が出てるのに平然としてるなんて、あなたのキャラじゃないって言われちゃうわよ」

「キャラじゃないってそれを私に言いますか!? って、そんな事はどうでもいいんです! 大変なんです! とにかく大変なんです! 大変な事が起きたんですよぉぉぉぉ!」

「大変な事? フランが癇癪起こして暴れだしたとか? いえ、違うわね。フランが暴れればパチェが静止に向かわざるを得ない。その間あなたはあのだだっ広い図書館にたった一人、つまりやりたい放題。パチェへの叶わぬ想いに日夜その身を焦がしているあなたからしてみれば存分にパチェの下着を駆使したひとり遊びに没頭できるんだから、むしろ喜ばしい事よね」

「何で知ってるんですか!? いや、違いますよ! フランドール様はパチュリー様や魔理沙さん達で抑えられる分まだマシです! こういう言い方は何ですかそんな事よりもっと恐ろしい事が起きたんですよぉぉぉぉ!」

「冗談よ。とりあえず落ち着いて、何がどうなってどう大変なのか順序立てて説明しなさい」

 恥も外聞もなく叫ぶ小悪魔。

 どことなくくぐもった声に気付いてその顔をよく見ると、何故か半泣きを通り越して普通に泣いている。

 その痴態を目の当たりにし、昔はともかく今はパチュリーに従っている為にそれなりに礼儀正しいはずの小悪魔が仮にも当主である私の前でここまで慌てるなんて只事じゃないわね、と気を引き締めるレミリア。

「は、はい、あ、あの、そ、それはですね、えーと、その、ああ、うう、と、とにかくこの本を読んでください!」

 片思いの相手にラヴレターを突きつける乙女の如き可憐な動作でスカートの中から取り出した本をレミリアに差し出す小悪魔。

 その表紙に書かれた表題を見て、レミリアは思わず眉をひそめた。

「何よこれ。『図書館に咲く百合の花〜主従慕情に夕闇時雨、薫り立つ蜜しめやかに、紫もやしは恋の味〜』って、どうみても官能小説じゃない」

「へっ!? ま、間違いました! それは私がこのあふれ出す思いを発散する為に書き上げた超絶純愛同人小説です! そ、それじゃなくてこっちです……って、何をちゃっかり引き出しにしまおうとしてるんですか!? そっちは返してくださいよぉ!」

「中々いいわね、あの小説。あなた物書きの才能があるんじゃない?」

「え? そ、そうですか? そ、そんな面と向かって言われると照れちゃいますよぉエヘヘ」

 イソギンチャクの触手の様にくねくねと踊りだした小悪魔を無視して、もう一冊の本を手に取るレミリア。

先程と同じように表紙の題名を確認しようとしたが、保存状態が悪かったのかかすれてしまっていて読めない。

 とは言え、問題なのは内容だ。

 吸血鬼の類稀な身体能力による動体視力を生かし、物凄いスピードでページを捲っていく。

「これは……詩集かしら? 大して危ない本じゃなさそうだけど……」

「ぱ、パチュリー様は予言書って言ってました。恐ろしい事が書いてあったみたいで、パチュリー様はショックのあまり……うぅっ……!」

「予言書? また珍しいもの読んでたのね、パチェったら」

 一度は納まったはずの涙を再び溢れさせる小悪魔。

 確かに中には解釈の仕方で破滅的な意味を持ちそうなものもあったが、ほとんどのページがよく分からない文章の羅列で埋め尽くされていた。

 何があったかは知らないが、この程度の本で大変だなんてパチェもヤキが回ったのかしら……とレミリアが思った、まさにその瞬間。

 とあるページに記された文章が、彼女の脳天にレーヴァテインでぶん殴ったかの如き衝撃を与えた。

「ドゥゥゥゥゥゥゥワシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「お、お嬢様!?」

 二の舞を演じるとはまさにこの事。

ふと目を留めたページの一文から伝わる筆舌に尽くし難い衝撃に、成す術もなくひっくり返って頭ぶつけてのたうち回るレミリア。

「こッ、これは……これはッ……これはァ──────ッッ!!」

 豪奢な絨毯が敷き詰められた床を華麗に転げ回りながらレミリアが叫んだ。

 体面を重んじる彼女らしからぬあられもないその痴態がショックの大きさを物語っている。

 ……何という事だ。

 こんな事があっていいのか。

 多少の事では驚かない自信はあったが、確かに小悪魔の言うとおりこれはどうみても大事件です。

 本当に勘弁してください。

 頭の中が、これまたレミリアにしては珍しく弱気な考えで埋め尽くされていく。

 だが、しばらく転がっている内にレミリアは徐々に自分を取り戻していった。

 それに伴ってむくむくと湧き上がってくる、おぞましき現実に立ち向かう勇気と激情。

 ……「あんな事」を目の前でやられるなんて、黙っていられる訳がない。

 かさねがさね……でもないが、とにかくかさねがさねのらんぼう、もうゆるせぬ。

 幼女爆発、れみりゃがやらねば誰がやる。

 もはや腹は決まった。

 相手が誰であろうと関係ない。

 我が前に立ち塞がるものはすべからく薙ぎ倒すのみ。 

 レミリアの瞳に、霊夢達と出会う前の今にもまして傍若無人な夜の王として君臨していた頃と同じ、鋭い眼光が煌いた。

「……咲夜!」

「ここに」

「はにゃっ!? ちょ、さ、咲夜さん! どこから出てきてるんですかぁ!」

 レミリアの呼びかけに応えて、小悪魔の胸の上に音も立てずに咲夜が降り立った。

 転がるレミリアの軌道を完璧にトレースして追尾し捲くれ上がるスカートの中身を見ているのが実に瀟洒だが、そんな瑣末事を気にしている余裕は誰にもなかった。

「今すぐあの鴉天狗を呼んで来て! この事を幻想郷中に広めさせなさい!」

「かしこまりました」

「加えていつもの面子に特別召集をかけるッ! 明後日、博麗神社に集合する様に伝えろッ!」

「分かりましたわ、お嬢様。それでは……」

 言の葉を残し、咲夜がふと掻き消える。

 後に残されたのは、ようやく回転から復帰して肩で息をするレミリアと

はしたない胸を惜しげもなく放り出している小悪魔、そして耳に痛いほどの沈黙だけだった。

「──行くわよ、小悪魔」

「……ッ!」

 静寂の中で、小悪魔は見た。

 レミリアを礎として聳え立つ、紅の焔と妖気が織り成す赤光の十字架を。

 そしてその凄まじい威圧感に磔にされた様に

動けなくなる小悪魔にレミリアが声を掛けた。

「え? い、行くって……何処にですか?」

「何処に、って? そんなの決まってるじゃない」

 踵を返し、歩き出す。

 わたわたと付いてくる小悪魔の問いに、ふ、と口の端を吊り上げ。

 振り返ったその顔に煌いていたのは、血の様に赤い、下弦の弦月の様に歪んで裂けた口と──

「──今度は戦争だ!!」

 夜の王たる吸血鬼の、すべてを貫く紅の眼光であった。



【ノストラダムス・クライシス】



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挿絵担当 ( ´・д・`) SS担当 下っぱ






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