彼女が私のベッドで眠っていることに深い意味はなく、単に疲労困憊して私の寝床を占領しているに過ぎない。では、何故私なのか。答えはとても単純で、だから私にも想像がつく。
メリーだから。マエリベリー・ハーンだから、と彼女なら言うだろう。彼女、宇佐見蓮子なら、必ず。
蓮子は決して厚いとは言えないベッドの上で、何やら息苦しそうにうめきを上げる。たまに寝言で「メリー……」と口にすることもあるから、嬉しいやら恥ずかしいやら意味が分からない。大抵、その後に「太い……」とか「重い……」などという、無意識下で呟いているとは思えない妄言が続くのだけれど。そして私も窒息を目的として蓮子の鼻を摘まんだりなどする。
けれども今日は、そのような応酬がなされることもなく。
「ん、ぅ……う」
「あ、起きた?」
「寝てる……」
彼女は目を開けて寝る習慣があるらしい。
何度か寝返りのようなものを打ってから、蓮子はのろのろと身体を起こす。目蓋を擦り、欠伸を零し、おなかがすいたわぁ、と私の真似らしき冒涜行為を平然とやってのける
彼女に、いつか鉄槌のようなものが下されればいいと思う。主に私の。
というか全力で頬を膨らませるなそんなに膨張してないっての。
テーブルに転がっていた何らかのリモコンを握り締め、風船のように膨らみつつある蓮子の横っ面にその先端を容赦なく突き刺す。ぶほぉぁ、とけったいな破裂音が響いた。
「いへあー!」
「それくらいにしておかないと、いい加減に殴るわよ」
「殴った! いま殴った! 鈍器で!」
ベッドに放り投げられた銀メッキの凶器を指し、必死に責任の所在を明らかにしようとする蓮子。だが、犯人に真実を訴えている時点で彼女の敗北は決定している。私は、唇の端を歪めて悪役じみた笑みを浮かべた。
「蓮子。あなたはひとつ、大きな間違いを犯しているわ」
「メリー……。あなた、まさか!」
安眠というほどでもない枕を引っ掴み、驚愕に顔をひきつらせる蓮子。付き合いがいい友人というのは、極めて貴重なものである。ところで、無意味に枕を伸ばしたり縮めたり固めたり綿を引きずり出そうとするのは安眠に影響するから速やかにやめてほしい。私の無言の懇願が通じたのか、蓮子はごめんなさいごめんなさい殴らないで殴らないでと言わんばかりの怯えた表情で枕を元の位置に戻し、ご丁寧にベッドの上に正座する。
若干、蓮子のアンテナが電波障害を来たしているようだけど気にしない。
いつものことだし。
「メリー……。あなた、まさか!」
「いや、律儀にやり直さなくてもいいけど……」
けれども、場を整えてくれたことは評価しなければならない。こほん、とひとつ咳払いをして、それ以前に大それたことを言うつもりでもなかったから、どう落ちを付けようかと五里霧中で暗中模索の上に四苦八苦し、ひとまずは無難に落とそうかと結論付ける。
私は、神妙に告げる。
「ここは、一体誰の部屋かしら」
「私の」
「……あのね」
「大屋さんの?」
「……いや、間違ってはいないけど」
「よく、借りたお金は自分のお金だーみたいに錯覚する人がいるみたいだけど、もしメリーがそれに似た錯覚を抱いているのなら、私が今ここであなたの目を覚ましてあげる!」
話している途中で気分が乗ってきたのか、いきなり啖呵を切って飛び掛ってくる宇佐見蓮子。しかしながら、ベッドとカーペットの間には決して無視できない段差があり、しかも柔らかい足場で正座からの飛翔は如何に敏捷な蓮子と言えども困難を極めるだろう。
「あ、危な――」
「きゃぅ!」
そういう経緯で、蓮子はシーツに足を取られて大きく体勢を崩す。それでも何とか受け身を取ろうと伸ばした手はテーブルの縁を掴むも、その甲斐なくテーブルの角にごぢんと額を打った。それが致命打となり、彼女は力尽きてカーペットに墜落した。
ずるり、とアメーバのようにぐったりと床に広がる蓮子、のようなもの。
これ、筋肉が弛緩してないか。
「……」
蓮子はぴくりとも動かない。
沈黙。沈黙。
あれ?
私、悪くないよね?
「……」
とりあえず、コーヒーでも飲もうかな。
おなかすいたなぁ……。
蓮子は何度か頬を張ったら案外簡単に復活した。痛みで。
彼女の額には漫画のようなこぶができており、私があなたのこぶとり爺さんになってあげると言ったら全力で拒否された。具体的には拳とかで。
というか、女子大生にあるまじきガチバトルばかり演じているのは何故だろう。
蓮子死にかけるし。
「まあ、これもまた秘封倶楽部ということで」
「構成員同士で潰し合ってどうするのよ……」
「相手を叩き潰した方が、より強い部員になることができるという……」
「どこの毒壺よ……」
溜息もまた、秘封倶楽部には欠かせない構成素だ。待ち合わせをすれば遅れてくる蓮子、サークル活動のみならず厄介事を引き連れてくる蓮子、テンションが高い蓮子、午前四時に突然来訪する蓮子、何故か合鍵を持っている蓮子、何だか全部蓮子発信のような気がしてきた。
恐るべし蓮子アンテナ。
彼女は再びベッドを占拠し、今度はゆったりと構えている。同じ轍は踏まない、とはいえ今も事故現場に留まっているというのは、やはり彼女のプライドが許さないからだろうか。
秘封倶楽部として共に過ごすようになって、少しは宇佐見蓮子という形も見えてきた。
このサークルが世界の秘密を暴くというお題目を掲げていたのは初めから知っていたけれど、実際にその活動を開始したのは入部からしばらく経ってのことだった。お互いを見て、お互いを知り、それでも見えないところがあって、まだまだ知り得ない部分ばかりで。
そんなことを繰り返しながら、私たちは秘封倶楽部としてやっている。
完璧に分かり合えることも、悩みがなくなるということもないのだろうけど、それでも――。
私は冷めてしまったコーヒーを飲み、興味深そうにこちらを眺めている蓮子に気付く。彼女も私に見られていることを察し、思いついたように唇を開く。
「ところで、さ」
「どうしたの。まだ痛む?」
「うん、まだちょっと痛むんだけど、そっちの方じゃなくてね」
蓮子はそれから少し間を置いて、考えてもしょうがないと思ったのか、やけにあっさりと口を開く。
「私、どこの誰だっけ?」
記憶喪失になっていた。
「……嘘」
唖然とする。
茫然自失、零れた言葉の内容すら思い出せない。蓮子は自分が放った言葉の重みも知らず、ゆらゆらと身体を揺らしている。
責任逃れと言われようが、私は悪くない。悪くはないはずだ。
それとも強く叩き過ぎたのか。何だか途中から面白くなってしまったのだけど、それが原因なのか。
やっぱり落書き程度で済ませておくべきだったのか。肉とか特売品とか。
愕然とする。
というか、さっき秘封倶楽部がどうとか言ってなかったか蓮子。
「ねぇ」
「うん」
彼女は悩みなどないかのように平静を保っている。
「嘘でしょ」
「うん嘘」
満面の笑顔だった。
額に出来たこぶはさぞ痛いだろう、と思ったからリモコンで額を突く。
蓮子は絶叫した。
――それでも私は、秘封倶楽部としてここにいる。
The 1st impression of Ghostly Field Club was「星を見るひと 〜 Star Gazer」.
See you next life!